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「クリコ流介護ごはん」とは

介護食を家庭料理に。「クリコ流介護ごはん」が生まれるまで

噛む力、飲み込む力が弱くなってしまった家族に、おいしい食事を食べてもらいたい。食事を楽しんでもらいたい。介護家族なら誰もが抱く願いです。
「クリコ流介護ごはん」は、料理研究家クリコさんが夫の介護を続ける中で、夫を想う愛情から生まれたレシピです。

 Curiko(クリコ)こと保森 千枝
料理研究家・
介護食アドバイザー
Curiko(クリコ)
こと
保森 千枝

イタリア料理レストラン・オーナーシェフ、サルバトーレ・クオモ氏をはじめ、国内の有名シェフに本格的なイタリア料理を習い、1992年にイタリア料理教室「Cucina Curiko クチーナ・クリコ」を開講。2009年、和食料理教室開講。2011年、夫に癌が見つかり手術後、介護食づくりを始める。2014年、介護職アドバイザーの資格取得。

口の中の癌(口腔底癌)の手術により、咀嚼(噛む力)に重度の障がいが残った夫に、おいしく食べて、元気になってほしいという願いをこめて、試行錯誤の末、「基本のピュレひとつで15分レシピ」を考案。毎日の介護食作りが楽しくできて、家族みんなが笑顔で食卓を囲める、そんな家庭の食卓作りのお手伝いをモットーとしている。

食べることが大好きだった夫が、食べることをあきらめた

人は、おいしいものを食べると自然と笑顔になります。思わず笑ってしまう、という感じ。

以前の私は、そんな「おいしい笑顔」の瞬間を夫と一緒に積み重ねていく毎日が、ずっと続くと思っていました。

でも、夫は癌を患い、口腔底癌の手術の後遺症で、食べ物をよく噛むことができなくなりました。そして、病院の食事を前に、夫は食べることを途中であきらめてしまうようになりました。噛むことが大変で、1時間半かけても半分も食べられず、疲れ果ててしまうのです。

夫は入院中にすっかり痩せてしまい、一刻も早く体力を回復させる必要がありました。

それには食べること。栄養を十分摂ることが何より大切です。

夫が退院したその日から、私の介護食作りは始まりました。

夫の「おいしい笑顔」を取り戻すために試行錯誤

手術で「噛む」ことに大きな障がいが残った夫は、病院で出された20倍粥(コメの20倍量の水で炊く)ですら食べきることができませんでした。そんな夫においしく食べてもらえる食事づくりは、料理好きの私にとっても簡単なことではありませんでした。

噛みやすいよう、飲み込みやすいように工夫して、サラサラした液体状に近づけるほど、食道ではなく気管に誤って入ってしまう「誤嚥(ごえん)」が起こりやすく、見た目もおいしそうに見えません。とはいえ、参考になるレシピ本もほとんどなく、当初はとてもとても困惑しました。

それでも、「こうしたらどうかしら」「この手があった!」という試行錯誤の末、私が作ったごはんを夫が食べて「おいしい」と言って微笑んだ、その笑顔は忘れることができません。

夫は「食べたい」という強い気持ちを持ってくれていました。それは「元気になりたい」という想いです。まさに、食べることは生きること。

夫の「おいしい笑顔」を励みに、日に日に快復していく夫の様子がうれしくて、いろいろな食材、さまざまな調理方法をたくさん試しました。

「おいしいね」と微笑みあう。やさしい時間をともにする喜び

制限があるからこそ生まれる工夫やアイデアもあります。

野菜をピュレ状にして冷凍ストックする方法や、肉団子をシート状にのばして薄切り肉の代用とする方法は、手間も時間もかかる介護食づくりを手軽で簡単に、しかも楽しいものに変えてくれました。食材の色や風味を残したまま、食欲がわくおいしそうな見た目にもこだわって生まれたアイデアです。

そうした工夫の甲斐あって、夫は手術後3カ月で3キロ体重が増え、5カ月後には7キロ増と、病院の先生方も驚くほどに体重が増えました。流動食だけでこれほど体重を増やせたことに私は大きな喜びを感じました。 

残念ながら、夫はその後癌を再発して他界しました。

夫を失った寂しさの中、同じように苦労されているご家族のお力になれたらという想いでレシピ開発をさらに進めました。

振り返ると、夫との闘病生活はつらいこともよりも、楽しいことの方が多かったかもしれません。調理法を工夫して新しいメニューを試す度、「おいしいよ!」「クリコ、天才!」と言って喜んでくれる夫と、同じものを食べながら食卓で微笑みあった時間はかけがえのない宝物です。

介護する人、される人、すべての人にとってのやさしい時間のために「クリコ流介護ごはん」のレシピをご活用いただけたら幸いです。

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